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インド新聞 コラム

ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール

淺井さんがやってきた!


スジャータ村の聖地、マタンギテンプルのそばで土を採集。

「バホット・アッチャー・ジャパニーズアーティスト・アエンゲー!(すごいジャパニーズ・アーティストがここにやってくる!)」

淺井さんの参加が決まってからずっと言い続けてきた言葉。

淺井作品のコピーを持ち歩き、折りあるごとにみんなで閲覧し、子どもたちといっしょに楽しみにしてきた淺井さんの到着。ついにその日がやってきた。淺井さんにお願いする直前にインドに来てしまった僕も、子どもたちと同じ初対面。デリー空港で会ったとき、正直、淺井さんの第一印象は、めっちゃイケメンってことだった(笑)。

淺井さんがニランジャナスクールに到着したとき、折しも、学校では、スカウト関連の合宿が行われており、ゲストが大勢来校していて、ファイナルのキャンプファイアー大会が催されていた。

ハレとケでいえば、まさにハレの真っ最中。2日連続キャンプファイアーに招待され、いっしょに踊り、歌い、大歓迎の渦が巻き起こった。ものすごいエネルギーに圧倒されながら、渦に身を任せ、わけもわからず楽しんだ。

泥絵のために、スクール周辺で土を集めて回り、牛の糞で作る燃料、ゴーバル作りにも挑戦。ゴーバルは、かまどでご飯を作るスジャータ村の人たちの日々欠かせない道具であり、儀式で使う聖なるもの。今回は土だけではなく、このゴーバルも画材になっている。

3日目、ついに学校の壁に描き始めた! ここから一気に完成に向かう・・・・・・と思いきや、4日目、淺井さんが発熱。渡印の前にハードスケジュールをこなしてきたことが原因という。そして疲れた体にインド式ハイテンションのもてなし。・・・・・・・熱が出てもおかしくないと思った。

スジャータ村の土で描くということ

ブッダガヤにはそこここに聖地がある。ここはブッダの修行中スジャータがミルク粥をふるまったといわれるスジャータ・ストゥーパのてっぺん。菩提樹の木にぶら下がってみた。

今、淺井さんの制作は佳境を迎えている。スジャータ村で採取した7種類の土を水で溶いて、壁に描いていく。子どもたちが壁に手形を押して、ヒンディー語で名前を書いてもらうというワークショップも行った。子どもたちは、利き手に泥を塗り、将来の夢を思い描きながら、えいっとばかりに手を打ち付ける。「この手形は、自分の夢に対するサインなんです」そう淺井さんは、子どもたちに説明していた。

それらの手型に淺井さんが描き足して、小動物や木になっていく。まるで早回しのビデオみたいに着々と白い壁の余白が減っていく。ニランジャナスクールの生徒たちは、次々と生み出されるものを不思議なマジックでも見るように、淺井さんの筆使いをじっと息を見守っていた。そろそろ飽きるかな、と思っても、いつまでも見ている。その集中力に驚いた。

淺井さんの絵をみて、興奮していたのは、ドライバーのラムセスさんだ。大きな目を一層ぐりぐりさせて、「バホトアッチャー」を連発していた。彼は、スジャータ村のあちこちを回って土を採集した最初の段階からずっと壁画制作を見守っている一人だ。彼は夜、運転しながら、「土がこんなにいい色だなんて知らなかった」としみじみ言った。

「こっちの人は土でこんなふうに絵が描けるなんて誰も知らないと思う。絵を描くには、高い絵の具が必要だとばかり思っていたけど、身の回りのものを使ってできるってことを淺井さんが教えてくれたんだ」

淺井さんに、この言葉を伝えると、「うれしいな~。その言葉を聞いただけで、ここに来た甲斐がありますね」と言ってくれた。

ビハール州の地元紙「AAJ」の記者が制作中に訪れて、

「どうして身近なものを使うんですか?」

と聞いた。

「それは僕にとって絵を描くことが身近なことだから。特別なことではないからです」

とてもシンプルな答えだった。喫茶店にいれば、紙ナプキンや角砂糖にささっと描いたりしているという淺井さん。インドでも、ポケットからすっとペンをとりだし、みかんの皮や果実に顔を描いている。空気を吸うみたいに絵を描く人なんだと思った。

執筆者

浜尾 和徳
ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール
「ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール」ボランティア・コーディネーター。

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