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インド新聞 コラム

ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール

インド、ビハールの伝統壁画を見に行った理由


ジトワルプル村にて。ミティラー画が生活の一部として、そこにあった。

Wall Art Festivalは、直訳すれば「壁画祭」。壁画は、白い壁があれば、特別なものは何もいらない。ニランジャナスクールは運営費に事欠くような学校だけど、日本の学生たちがプレゼントした白い校舎の白い壁がある。その白い壁を生かして、壁画のフェスティバルをやればいいんじゃないだろうか。そんな発想から始まったのがウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクールだった。

正直言って美術は門外漢。何も知らなかった。インドにいるっていうだけで、こんな僕が芸術祭を開くなんて無謀じゃないだろうか。

けれど、先日マドゥバニというところに行って、僕の芸術への造詣は格段に深まった、と思う。マドゥバニというと、どこ? という人がほとんどのマイナーな場所だ。少なくとも日本で出版されているほとんどのガイドブックには記述がない。マドゥバニは、ビハール州の北端、ネパールと国境を接する町で、点在する周辺の村々に、ミティラー画という壁画の伝統がある。フェスティバルの前にぜひ、インド伝統の壁画を見ておきたいと思った。そして子どもたちに、壁画のことを伝えたいと思った。これは、WAプロジェクトの、いわゆる視察旅行である。

もちろん、ブッダガヤの人間もほとんどマドゥバニのことは知らない。ミティラー画のこともよく知らないと思う。だから、視察旅行はぶっつけ本番。どこにどんな壁画があるのか、確証もないままに3泊4日の旅に出たのだった。

マドゥバニには、バスを乗り継ぎ、10時間以上かけてたどりついた。

町についてから、ミティラー画はどこで見られるのかを聞き取り調査。その後、サイクルリキシャーに乗って、とことこと村を回った。書記のカーストの人が祝祭や祈りのために描くと言われているミティラー画。ある家を訪ねると、昨年11月にその家で婚礼があったばかりで、家の壁という壁にヒンドゥーの神々や動植物が色彩豊かに描かれていて、興奮した。

このときだ、こんな素晴らしい芸術があることを、同じビハールの子どもたちに伝えたいと痛切に思ったのは。やっぱり芸術ってすごい!ということ。芸術祭をやろうとしていた僕は、ここではじめて自分がやろうとしていることの意味がわかったのだった。

この家には、ナショナルアワードの受賞者が2人もいて、誰もが認める芸術ファミリーなのだということも、そこを訪ねて話を聞いてはじめて知った。確かにこの家の壁画には目を見張った。ほかにもたくさん素晴らしい壁画を見た。だが、実は、サイクルリキシャーに乗りながら、通りがかりでたまたまみつけた、小さな家の壁に、絵の具が垂れることなど気にせず、のびのびと描かれた絵が忘れられない。「この前のディワリ(お祭り)のときに描いたの」と、この家の奥さんが、コリアンダーをつぶしながら話してくれた。小さな子どもがたくさんいる家だった。生活が大変そうに見えたけど、そんな暮らしの中でも、ここの人たちはこうやって生活を彩り、華やかにするんだ、と。それもひとつのアートなんだと実感した。絵はうまくなくたっていい。生活の中で描きたいという欲求なのかもしれない。いつか僕は、僕なりのそんな思いを、ニランジャナスクールの子どもたちに伝えてみたいと思った。

学校の子どもたちといっしょにモチベーション上昇中

ニランジャナスクールでのワークショップの様子。話が進んでいくにつれて、子どもたちの顔からわくわくしている様子が感じ取れた。

さて、ブッダガヤのニランジャナスクールに帰り、生徒に集まってもらって、ミティラー画のことを伝えるワークショップを行った。子どもたちにWAF本番での作品を存分に受け止められるように準備態勢をとってもらうこと、つまり本番を「楽しみに待って」もらうことが狙いだった。

ミティラーの画家にインタビューした内容を差し挟みながら、撮った写真をプロジェクターでスクリーンに映し出して解説した。日本のアーティストの淺井裕介氏とインド人アーティストのスリージャタ・ロイ氏の作品も見せた。それを見る子どもの顔には「おぉ」という表情が見て取れた。そして、「君たちのビハール州には壁画という文化がずっとあって、さらに二人の美術家が来て、自分たちの学校の壁に絵を描く」、と言った時の表情を見て「楽しみに待つ」その準備が大きく進んだと思った。

実は、このミティラー画のことを知ったのは、画家の淺井氏がきっかけだった。彼はある時期まで無心に絵を描き続けることだけをしてきたそうだが、自分が描いた絵を誰かに見せることを考えるきっかけになったのが、インドのミティラー画だったそうだ。たまたま日本でミティラー画の展示会があり、淺井氏はそこでアルバイトをして、招かれたインドの画家が描く姿を見ていたそうだ。

だから彼はいつか、自分がインドに行くべきだと思っていたという。

そして、こちらは、インドで壁画を描くにふさわしい画家を探していた。どういう人がふさわしいのか、具体的な構想はなかったけれど。

あれはまだ僕がインドに来る前のこと。キュレーターの方に紹介してもらった淺井氏の絵を、最初はネット上で見た。そして、この人しかいないと思った。ひと目惚れだった。……今思えば、出会うべくして出会えたのだと思っている。

実は僕はまだ淺井氏の絵を実際に自分の肉眼で見たことがない。彼にフェスへの参加をお願いしようと方向性が決まった直後に、留学のためインドに来てしまったから。だから、彼の作品をいろいろな所へ出むいて実際に見て、そして交渉に当たったのは、このプロジェクトのリーダーのおおくにだ。彼女のブログにときどき登場する淺井氏の作品を垣間見ては、早く僕もこの目で見たいと思っている。

それがようやく、自分が開催するフェスティバルで見ることができるのだ。ニランジャナスクールの子どもたちといっしょになって、刻一刻と完成していくところを見ることができると思うと、こんな贅沢はないな、と思ってしまう。

執筆者

浜尾 和徳
ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール
「ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール」ボランティア・コーディネーター。

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