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インド新聞 コラム

ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール

インドで非営利の芸術祭を理解してもらうことの難しさ


フライヤーの投票。ハティハール村にて。デザインをスキャンで取り込み、プリントアウトしたものをファイルして見てもらった。

ブッダガヤでの最新の動きは「第二弾フライヤーのためのデザイン決め」である。

昨年12月、宣伝のためのフライヤーに使うデザインを募集するべく、ガヤ地区にある美術学校と、その学校の校長先生が美術教師を務める別の学校でコンペを行った。12~19歳の学生たちからおよそ230点の応募があった。それをプロジェクトスタッフで8点まで絞り、そこから投票によって最終的にNo1の作品を選んだ。

この一連のデザイン決めは、もちろん会場となるニランジャナスクールでコンペを実施することもできたのだが、より多くの人間・団体を巻き込み 「ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール(WAF)」のことをガヤの町に浸透させることが狙いだ。このプロジェクトは、ともすれば日本人が持ち込んできて一人で勝手にやっているプロジェクトと思われる可能性が高い。そうではなくて、2年後を目途にインド人が中心となって運営を進めていくことを日本人サイドの目標として視野に入れているため、さまざまな局面で積極的にニランジャナスクール以外のインド人を巻き込んでいる。


同じくハティヤール村。

巻き込むに際してWAFの説明をしなければならないが、「WAFの利益はなんだ」と聞かれ、「子どもの創造力に刺激を与えることだ」とか「運営に学生が関わることで彼らの自信を高めることだ」とか「フェスティバルをメディアに取り上げてもらうことで、ビハール州の状況を外に伝えることだ」と言っても理解してもらえなえかった。むしろ「入場料をとって、それが学校の運営費になる」とでも説明した方が分かってもらえたかもしれない。非営利のエキシビションにこそ意味があると思っている我々だったから、“ここの人間は、金になることしか考えないんだろうか”などと苦悶の日々が続いた。

こういった入場料をとらないエキシビションはビハール州ブッダガヤといった地方都市では珍しく、いやむしろ全く新しい試みで、人々が理解しがたいのも無理はない。芸術文化が根付いている日本でさえも、町おこしなどを目的に地域の芸術祭を開催するに場合、住民の理解を得ることは最後まで困難だというようなメイキングストーリーを耳にしたことがある。

というわけで、ブッダガヤの町でWAFを浸透させるのには困難を極めた。当初は町を挙げてのフェスティバルとして盛り上げたいと思っていたけれど、残念ながら、そのようなダイナミックな動きには未だ到達していないというのが正直なところだ。

頼もしい“おかず塾”の僕の分身たち

だが、こちらの意図をくみ取り、後に運営スタッフになった“おかず塾”の頼もしいメンバーがいることも知ってほしい。“おかず塾”には現在7人の塾生がいる。皆、僕と同じくらいの年齢(24歳前後)で、大学で日本語を1年以上勉強した人たちだ。

ブッダガヤではNHK国際を観ることができ、彼らは日本の情報をそこから得ている。

例えば、夏になるとビアガーデンでネクタイを緩めた「カイシャイン」達が思い思いに飲む。そのときは「カチョウとブチョウとシャチョウ」にビールを注がなくてはいけない。日本のバーでは、始めの一杯はドラフトビールを飲み、まずは「オトオシ」を頼む。しかし、最近は「オトオシ」を頼まない客も増えている。など、年齢を反映してか「飲み屋」の話題が多いが、「通」な情報を知っている。

一方で彼らは毎週木曜には皆で連れだってバイクで40分ほどかかるガヤの町にでかける。ヒンデゥー教の神様サイババ(注:存命のサティヤ・サイババ氏ではない)のお寺に行き、お祈りをすることを楽しみにしているのだ。

ブッダガヤで生まれ育った彼らは、この土地で知らないことはないと豪語しているが、そのおかげで彼らの友達の家族が経営するホテルの宿泊料金を格安にしてもらったり、新聞社三社に当日取材に来てもらえるようなった。また、第一弾フライヤーをホテルやレストラン、お寺に持っていきWAFの説明をすると同時に配ってもらった。

「説明をする時に、日本にいるWAFのディレクターや“おかずセンセイ”の意向と寸分違わぬようにしなければいけない。だから何をどう話せばいいのか、しっかりと教えてほしい」と言われた時は、なんて頼もしい奴らだろうと感動した。単に芸術祭が2月にあるというだけでは説明する意味はなく、ブッダガヤの人間がブッダガヤのためにやる芸術祭が2月にある、ということを伝えねば、人々を巻き込むことはできないと僕は伝えた。

彼らは僕の分身になろうとしてくれた。このことが、このフェスティバルを実現に向けて2歩も3歩も前進させたのだった。

話はフライヤーのデザイン決めに戻る。No1を決めるための投票は、ニランジャナスクールのスタッフ、生徒、近隣のニマ村、ハティヤール村の村人、マガダ大学外国文化交流科の学生と教師、ブッダガヤの町ゆく人から男女混ぜた10名ずつにしてもらった。塾生にはブッダガヤの10票を集めてもらった。

こうしてNo1のデザインが決定し、デリーのグラフィックデザイナーにそれを使ったフライヤーのデザインを依頼。間もなく手元に届く予定だ。いよいよそのフライヤーを使って塾生と一緒にブッダガヤの町にWAFを大々的に知らせる時がやってくる!

執筆者

浜尾 和徳
ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール
「ウォールアートフェスティバル・イン・ニランジャナスクール」ボランティア・コーディネーター。

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